やさしく解説 株式投資のメリット⑥ エムスリーの事例

投資は複利を長期で

以前投資と投機は違うと述べましたが、投資のキモは複利のメリットです。複利とは利益が利益を生むという概念で、株式というか事業そのものには必須のものです。給与所得者にはなかなかピンと来ないものですが、自営業者は稼いだお金を基本的に再投資しているので当然わかりやすい概念でしょう。安く仕入れて高く売れた代金で、さらに多くの仕入れを行う、という行為は事業拡大に不可欠です。たしかに仕入れ代金や経費を差し引いた「利益」を、今日明日のメシの代金にいくらかは充てないと食っていけないですが、必ずしも必要のないことに使ってしまえば拡大再生産にならないのです。いつまで経っても生活は向上しないし事業も利益も拡大しないですし、今回のコロナ禍のような不測の事態に備えるためにも、事業をしている人は本能的に利益を溜め込みます。

 

ただし、利益を溜め込んで銀行預金にしておくままでは昨今の金利水準では増えることは決してありえないですし、なんなら資材価格や人件費の値上がりで実質的には減っています。インフレが当たり前な日本以外の国は当然理解していて、銀行預金をありがたがることは常識的にないのです。しかしデフレが長く続いたり、銀行の貸し剥がしやら何やら、金融機関があまり正常に機能してこなかったせいでしょうか、どうも必要以上に内部留保という名の銀行預金をことさらありがたがる傾向にいまだあります。

風土病なのでしょうね。

 

最近一部銀行では、行員の営業成績の評価に「預金残高を減らすこと」が加わるようになりました。銀行にとっては預金はバランスシート上「借金」であり、マイナス金利が続いている今はコスト要因ですので正直欲しくないものです。各行とも預金を別の金融商品にひっくり返すために血眼になりだしてきてます。

とある大口預金者である老婦人いわく、「むかしは定期預金をウチでしてくれってうるさいくらいだったのに、どうして今はそんなに冷たくなっちゃったのかしら?」と、すっ惚けた時代錯誤なことをのたまっているのを聞いて、

「この老害がッ!てめえみてえなのが早くくたばらねえからこの国の経済が回らねえんだよ!いつの時代の話だよ?こっちはそんな昔ばなしにつきあってるヒマねえんだよ!よろしければこの通帳に金利じゃなくてウイルス付けて持ってきましょうかぁ?」

と、心の中だけで毒づいていているだけで実際には笑顔を絶やさず「むかしはそうだったみたいですねえ~」と否定も肯定もしないだけでとっとと手続きだけしておいとまするのが行員の日常なのでしょう。でもこれじゃ、銀行の業績は上がらないよね。

 

脱線しましたが、要するに利益を長年着実に伸ばし続けることは、その事業の所有権である株式の保有者にとって最もうれしい報いであり、それが複利というメリットを活かせる最も適したビークルが株式だと言えると思います。裏返せば資本主義社会において、株式会社とは最も優れた収益製造マシーンと言えるでしょう。

 

エムスリー という事例

われわれ消費者が普段生活していく中で目にする事がない事業、それを一般的に「B to B」と言いますが、専門的な事業が多くプレイヤーも少ないため価格競争が起こりにくく、結果利益率の高いビジネスが残っている分野です。また、既存のプレイヤーがやってない方法論で参入した場合には上手く行けば独占的な市場支配力を手に入れることもあります。

そういった数少ない企業の一つがエムスリー (2413、東1)です。

 

エムスリーは2000年に米国の戦略系コンサルであるマッキンゼーに勤務していた谷村格氏がソニーの担当をしていた頃に起源を遡ります。

2000年といえばITバブル末期。当時日本で最も勢いのあったのは世界のSONYでした。株価も16,000円を超え、キャッシュが余って仕方なかったのでしょう。おそらくソニーは谷村氏に「なんか新しいビジネス始めようと思ってるんだけど、お金出すからなんかいいアイディアない?」といった話があったのだろうと思います。

谷村氏にはもともとアイディアがありました。

それは製薬会社の営業スタイルがとても不合理であった事に着目し、それを解決する事を商売にしたのです。

製薬会社の営業マンのことを「MR」 (Medical Representives )といい、平たく言えば自社のお薬を使ってもらうよう医者に働きかけを行うのが役割です。かつて学生向け就職情報誌などには「ドクターのシモのお世話までして一人前」みたいな浪花節あふれる業界の事情が紹介されていたものです。彼らの腕の見せ所は、いかにその病院で使うお薬の決定権者のキン●マを握ることだったのですよ。

そのためには院長の奥様のお出掛けに車を出して送迎したり、ご子息の家庭教師を無償で買って出たり云々、直接の利益供与にならないよう手を替え品を替え、泥臭い営業活動を繰り広げていたそうです。そこに各製薬会社は莫大な営業費用やら販促費、交際費を投入していたのです。因みにMRさんの一般的な年収は1000万台越えはザラだったとも聞きます、交際費は別で。

しかし時代は変わりました。

今や国内系製薬はそもそも新薬開発があまりに少なくなっています。かつて「ブロックバスター」と言われる大ヒット商品はここ10年ほど見かけないらしいです。小野薬品のオプジーボくらいですか?最近の傾向として新薬は症例は少ないが難治病症の治療薬にニーズが増えているようです。開発には莫大なコストがかかるのに対して使用する薬量が少ない。つまり開発費が回収しづらい状況になっているのです。特に日本国内では認可・発売されるまで厚労省の審査に海外の数倍の期間がかかるため元が取れないと言われています。

それに実際にMRさんがドクターに会って話せる時間ってすごく短いんですよね。大病院の先生とかって金融機関と客層カブるんですけど、お昼に5分だけ話せるとかそんなんばっかりですよ?先生方だって超多忙ですし「要点と結論だけ言って!詳細はメール入れといて!」って感じですよ。

それじゃ営業コストってなんなのさ?って話になっちゃうわけです。

 

谷村氏は2000年にソニーの子会社から出資を受けて「ソネット・エムスリー」を設立します。業績はすぐに軌道に乗り2004年にマザーズに上場を果たします。

谷村氏は日本に約30万人近くいるドクターをネットで囲い込むビジネスを構築します。会員登録した医師それぞれにネット上で専用のポストを設置し、そこに製薬会社からの新薬の情報、治験の結果など、今までMRが足繁く病院の待合室に並んで持ってきた情報を配信するようにしたのです。例えば○○製薬から1通500円×対象の会員医師何万人という感じで。

私の顧客のドクターはいくつかの病院にかけもち勤務していますが、MRと話す時間は全くないとの事で、移動時間にエムスリーのサイトをチェックしているそうです。「実際それしか物理的にムリ」と言ってます。そういうわけでサービスを開始してからすぐに登録医師数は10万人を超えます。今では国内の医師の90%以上が登録するインフラになっていますが、谷村氏はすぐにこの仕組みを国内初のビジネスモデル特許登録したため、ライバルのいないマーケットを作り出したのです。恐ろしい事にこの商売は設備投資などのコストがほとんどかからないのです。まあ事務所代と通信費と人件費程度ですかね。そのため日本では珍しい高収益、高ROE企業へと成長していくのです。直近10年ほどの平均でもROEは20%近くをキープしています。

 

株価の話をすると、2020年の今日まで何度か株式分割を行なっていますのでそれを勘案すると上場当時の株価は100円足らずです。つまり上場から約16年で65倍に値上がりしているのです。余談ですが、21世紀に入って経営が傾いたソニーはこの孝行息子 (資本的にはもともと孫 )のエムスリー株をちょくちょく売って糊口を凌ぎました。現時点でもまだ同社の筆頭株主として34%を保有していますが、あの時のエムスリーに出資していなかったら今のソニーの復活は難しかったでしょう。

 

エムスリーはネットを使い既存の製薬会社の営業マンを淘汰してしまったのです。

 

最適化という名のコストカット

今や世界を支配しつつあるGAFA (Google、Amazon、Facebook、Apple )も、元はと言えば不合理な既存の業界を淘汰して成長したいきさつがあるのです。例えばアマゾンはもともとネット書店でしたよね。書店がどんどん廃業しているのは日本に限った現象ではないのはご存知でしょう。アップルは今は亡きジョブズ陛下がiTunesで音楽をダウンロードする仕組みを作ったから街のCD屋やレンタル屋が消えて行ったわけですし、グーグルは出版社を蹂躙し、フェイスブックは既存マスメディアから広告を奪ったわけです。

 

コロナ禍によって逆行高している世界各国のネット企業のひとつの例であるエムスリーですが、最近はあまり知られていないB to B企業にもかかわらず日経新聞系のメディアなどで取り上げられる事が増えてしまっています。10年以上この株を見てきた私としては、実はあまりいい気分ではありません。人知れずこっそりと値上がりしていく高収益企業の株式。あくまで例えばですが、こういった株をじっくりガチホするのが複利高収益の恩恵を最大限に受ける投資の王道だと思うのです。

 

 

 

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