セコム上信越にセコムが6,350円でTOBし親子上場解消

2021年5月28日の17:00、親会社セコム(9735、東1)が子会社のセコム上信越(4342、東2)に公開買付けを行うことが発表されました。

TOB価格は6,350円。期間は5月30日から7月9日まで。代理人はSMBC日興証券(応募用リンク)。

現在セコムは発行済株式の52%を保有しています。買付の予定株数は591万3769株とセコム保有分以外の株式を、応募分すべて上限なしで買い取る意向です。成立条件に下限はありません。セコム上信越もTOBへの応募を推奨しており、また創業家の野沢家とそのプライベートカンパニーである二位株主のノザワコーポレーション(6.8%保有)、三位株主のノザワクリエーション(6.4%保有)も賛同を表明しています。これにより議決権の約75%が賛成しているため本件は成立し、成立後は上場廃止になる見込みです。買収金額は約375億円となります。

当社親会社であるセコム株式会社による当社株式に対する公開買付けに係る賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ  セコム上信越2021年5月28日

 

発表前の株価である2021年5月28日の引け値は3,820円。TOB価格はこれに約66%もの手厚いプレミアムを乗っけてくれた大盤振る舞いです。一株純資産(BPS)は2021年3月期で3734.27円ですので7割増しの買い取りですね。一株純利益(EPS)は238.96円、自己資本比率は86.1%。ROEも6%台は微妙ですがほぼ無借金で借り入れはありません。

貸借対照表に「現金護送業務用現金及び預金」という項目があるのをみて「へえー」と思いました。

「当社グループでは銀行等の金融機関が設置している現金自動受払機の現金補填業務等を行っております。現金護送業務用現金及び預金残高、並びに現金護送業務用預り金残高は当該業務に関連したものであり、当社グループによる使用が制限されております」

同社では10億円くらいの残高が計上されていますがこれはセコムさんなどの警備会社がATMのお金を勘定・補充してくれているんですね。私は出納業務にまったく携わったことがないので知りませんでした。ATMの現金はセコムさんのお金なんですね。

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セコム上信越(株)【4342】:チャート - Yahoo!ファイナンスより

株価は上場後10年ちょっとして始まったアベノミクス相場によってだいたい今の株価水準まで引き上げられてきました。ただ業績は直近5期を見ても売上・利益ともにほぼほぼ横ばい。配当だけは増やしてきていますが、それは成長の見えない裏返しでもあります。最近のMBOではケチな価格提示で反発を食らってTOB価格を再考せざるを得なくなったり、不成立になってしまう例がけっこう発生していますが、セコムさんの準備は万全。事前のお漏らしなどのぬかりもなく安心・安全な成立が見込まれます。

むしろ買い方のセコム株主から、「ちょ!高すぎんじゃね?安く買えた方がいいのになんでや?」

と物言いが付かないか心配になるくらいです。

 

セコム上信越とは

セコム上信越は1967年5月に、新潟で刑務官をしていた野沢謹五氏によって設立された警備業を主な業務とする企業です。1964年に東京オリンピックが開催された際、親会社の日本警備保障(現セコム)が選手村の警備を民間初の警備企業として受託し成長を遂げつつありました。その創業者である飯田亮氏のもとへ起業を志して仕事を辞めちゃった2歳年上の野沢氏が押しかけ弟子になったのが同社の起源です。

当時勃興した警備業という事業のノウハウを、そのパイオニアとして飯田氏は野沢氏に伝授するとともに資本を出したり人脈を紹介するなどしてバックアップします。野沢氏は1967年に開催された新潟大博覧会の会場警備を受託するために急遽「日本警備保障新潟」を設立し、地元企業として大きな仕事をつかむことに成功しました。1983年には日本警備保障が社名変更するのに合わせて現社名の「セコム上信越」に変えます。

その後も順調に業績を伸ばした同社は2002年2月19日に東証2部へ上場。主幹事は野村證券。公募価格は2300円、初値は2800円でした。

 

セコムにはほかに上場している地域子会社はありません。なぜ上信越だけが子会社として上場していたのか?

同社はセコムのフランチャイズ、というより飯田氏の弟子として暖簾分けされた野沢氏の会社、という意味合いが強かったからだと思います。

それは上記のようなセコムの総帥たる飯田亮氏の、若き日に青雲の志を分かち合った仲であり、一番弟子であった野沢謹五氏との二人の友情に依るものが大きかったのでしょう。

 

野沢謹五氏は2005年3月に69歳で亡くなります。現会長で5位株主の野沢慎吾氏は謹五氏の長男、6位株主の齋藤麻衣子氏は慎吾氏の妹だそうです。

 

親子上場解消と市場再編

東京証券取引所は2022年4月4日に市場区分を再編することが決まっています。ご存じの通り、現在の東証には1部、2部、そして新興市場としてマザーズとジャスダックがあり、ジャスダックもスタンダードとグロースという2部構成になっていて、その区分は結構あいまいです。ちなみに新興市場たるマザーズとジャスダックが並立しているのは、取引所を統合する前に東証と大阪証券取引所が張り合って新興株の市場を両方が作っちゃったから、という経緯があります。

そもそも1部だけでも国内の上場企業の6割近くを占めてしまったため、「1部上場」のステイタスはプレミアム感が値下がりしてきました。たしかに外国から見れば、

「『1部』っつーのは『1軍』という意味ちゃうんかい!」

とツッコまれてもしょーがない状況になっています。

そこで東証は、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3部制にして格の区別を明確化することにしました。

 

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https://www.jpx.co.jp/announce/nlsgeu000005ep40-att/nlsgeu000005hxur.pdfより

 

詳しい内容や影響はまた別の機会に詳説するとして、今回の変更点で影響の最も大きいと思われる点は「流動性」に関する項目です。この流動性とは一言でいえば「売買高の大小」です。特定の株主比率が高い銘柄は売買高が低いわけでして、特に親会社のいる上場子会社には大きなマイナスインパクトが発生します。

「コングロマリット・ディスカウント」という、上場子会社を低くあしらう風潮がここ10年以上強まってきていることもあり、親会社を持つ上場企業にはその意義が問われているわけですね。

たしかに上場企業である以上は東証に払うショバ代も会計士に払う監査報酬も結構な支出になりますし、見栄を張ってプライム市場で1軍入りするためには親会社や創業者などの大株主に株を放出してもらわなければなりません。まあ需給でいえばそりゃ株価には下落圧力がかかりますわな。

 

「うーん、これって超メンドー臭くねえ?もう上場廃止でよくね?だってウチは上場したとき以降に公募で株を募集したことないしさ、するつもりもないんだよね。だって親会社のご意向しだいなんだしさ、もう流通株式全部買い取ってもらえないスか?」

って上場子会社の首脳は思っても仕方ないですよ。

こういった親子上場廃止の事例は来年まで駆け込みで増えるんじゃないでしょうか。これは親会社が上場企業のTOBだけでなく、非上場親会社のMBO的なのも出てくるでしょう。少なくとも検討中、発表待ちのところはまだまだあると思います。