有価証券報告書
前回の記事では決算短信について述べましたが、今回は有価証券報告書についての話です。
有価証券報告書とは決算内容の他、その会社の詳細な状況を記載した正式な「会社の説明書」と言えるでしょう。基本的に投資家はこれを読んで投資判断を行う事になっています。
短信は速報という位置づけなので、詳報である有価証券報告書(以下「有報」)より前に出さなくては意味がありません。極端なことを言えば有報を45日以内に出せるのであれば短信は出さなくても良いのではないでしょうか。
そういう意味では、
「短信が宿題なら有報は定期テスト」
と言えます。有報は通期決算後1回、四半期報告書を年間3回、3ヶ月毎に出す必要があります。定期テストも年4、5回ですが、テストも決算も赤ということは当然ありえます。ただ、有報に出さない、という選択肢はないのです。退学処分もとい上場廃止ですから。
そして有報は「3ヶ月ルール」という厳格なルールがあります。これは東証との「約束」ではなくて金融商品取引法という法律に基づいた縛りがあります。期限内に出さないという行為は法令違反なのです。四半期報告書は45日以内に出す義務があります。
日程
3月決算銘柄を例にとって日程を説明します。
決算締め:3月31日
有報提出期限:6月30日
第1四半期(4月1日~6月30日)報告書提出期限:7月14日
第2四半期(7月1日~9月30日)報告書提出期限:11月14日
第3四半期(10月1日~12月31日)報告書提出期限:2月14日
ちなみに提出先は金融庁(たてつけとしては金融庁の業務委託を受けている地方財務局)に提出します。方法はTDnetと似ていますが、「EDINET」(正式名称は、金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム)というシステムにアップします。リンクが上手く貼れなかったので、私がいつも使っているサイトのリンクを代わりに載せておきます。→「有報キャッチャー」
6月末は、3月決算銘柄の有報提出期限なのです。ここで提出できないのは「上場廃止」フラグです。
上場廃止基準 | 日本取引所グループにあるのですが、有価証券報告書の提出遅延は、「監査報告書又は四半期レビュー報告書を添付した有価証券報告書又は四半期報告書を法定提出期限の経過後1か月以内に提出しない場合(有価証券報告書等の提出期限延長の承認を得た場合には、当該承認を得た期間の経過後8日目(休業日を除外する。)までに提出しない場合)」は上場廃止になります。なんだか難しい言い回しなので意訳しますと、「公認会計士さんがOK出してハンコ押した有報を、期限過ぎて1ヶ月待っても出さない奴は追放!前もって間に合わないから待ってと言ってくれたら8営業日だけは許す。」ということです。
これをまた3月銘柄を例に日程を説明すると、
決算締め :3月31日
↓間に合わなそう :6月半ば~6月29日までに承認申請した事を発表
有報提出期限 :6月30日←(ここまでに出せない場合 承認無しだとアウト )
申請が承認されていれば :7月31日
再延長が承認されていれば :8月31日(再延長承認は多くはないです)
それでも出せないと発表 :取引所から「監理銘柄」に指定
さらにそれから8営業日後までに提出できない
:8月10日頃 「整理銘柄」指定(上場廃止決定 )
または再延長承認があれば9月10日頃
上場廃止 :9月10日頃、
再延長なら10月10日頃(上場廃止決定から30日後)
という流れです。
有報絡みで上場廃止
2006年以降に有報絡みで上場廃止になった銘柄は43社あります。
ネガティブ上場廃止企業 事由一覧 を見てほしいのですが、廃止事由に「有価証券報告書提出遅延(または未提出)」「四半期報告書提出遅延(または未提出)」「監査意見不表明(または不適正)」「債務超過」「業績基準」「虚偽記載」とあるものは有報が原因と言ってよいでしょう。
a、遅延、未提出
まず期日までに提出できないと上場廃止になるのは先に説明したとおりです。「提出遅延」「未提出」ですね。
b、監査意見
次に「監査意見不表明(不適正)」ですが、有報には最後のページに公認会計士が会計監査を行なった結果OKという証明書を付けて貰う必要があります。その中に、見た結果どこにも問題ないです!と書いてあるのが普通なんです。しかし中には「限定付適正意見」(ちょっと問題があるのでそれ以外ならOK)、「意見不表明」(ヤベー奴だわコレ!なんも言えない!)、「不適正」(勘弁してよ。無理!絶対無理!)と書かれている事があります。
東芝を監査した会計士(監査法人)がその後粉飾決算を見抜けなかった責任を問われ、2015年12月に金融庁より課徴金と業務停止命令を受けたことや、2010年6月に上場廃止になったエフオーアイ(6253、マ)の会計士は裁判で懲役刑を受けたことなどを見ると、下手に問題をスルーしてしまったツケは恐ろしいですよ。経営陣に「せんせ~!頼むよ~、来季は監査報酬はずむからさ!ね!」などと言われたところで、正直言って会計士はトンズラしたくなるでしょう。TDnetでは実際にトンズラされたことも公表しなくてはならない決まりです。有報提出期限が近いのに公認会計士の異動、監査法人の異動なる表題の発表が出たときはコレもフラグです。
つまり会計士がハンコを押さないので提出できない、ということです。「意見不表明」「不適正」は上場廃止基準に抵触します。
なぜか東芝という例外が燦然と輝いているのですが不思議ですね。いつか東芝の件は詳細を記事にして落とし前をつけようと思います。
c、債務超過、業績基準
有報の中身の問題です。決算の結果、業績が悪くなったせいで上場廃止基準に引っかかってしまうこともあります。債務超過とは会社を解散しても借金が返せない状態のことを言いますが、2年連続で債務超過になるとアウトです。これは短信でも債務超過かどうか分かるのですが、正式に債務超過であると認定されるのは有報の貸借対照表を確認して取引所が決定します。まず1年目が債務超過になったと確認された時点で「上場廃止に係る猶予期間入り」という銘柄に指定されます。
例えば文教堂(9987、JQS)ですが、先程の有報キャッチャーで検索してみてください。ページトップの検索ボックスに9987と入れて企業検索を押し、■有報・IR をクリックすると、この企業の過去のTDNET、EDINETでの公表がすべて時系列で見れます。
2018/10/12 「平成30年8月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」で、すでに債務超過となっていますね。しかし2018/11/20 「有価証券報告書-第68期(平成29年9月1日-平成30年8月31日)」 を提出した同日に、「債務超過の猶予期間入りに関するお知らせ」も公表されています。これによって2019年8月31日までの決算締めまでに債務超過を解消しないと文教堂さんは上場企業としては終了します。ADR申請とか色々もがいているとは聞いてますけど。あれ?あと2ヶ月もないですね。ちょうど夏休み最終日か、、、毎年切ない気持ちになる日なんだよなあ。
でも正式決定は有報提出の11月末ですので。それまでに何とかなればですが?とりあえずは来週発表の3Q決算短信を楽しみにしています。
また業績基準も有報提出に拠ります。デ・ウエスタン・セラピテクス研究所(4576、JQG)は2019/2/14に、2018年12月期の決算短信を発表しています。営業利益及び営業活動によるキャッシュ・フローが4期連続でマイナスとなったため、今年12月の締めまでにプラスにならないと上場廃止になります。ジャスダックの上場廃止基準で5年連続はアウトと決まっているのですね。出血の止まらない企業を輸血だけで延命させても意味がないという決まりです。これも2019/3/28の15:00に有報を公表していますが、その1時間半後には 「当社株式の業績基準に係る猶予期間入りに関するお知らせ」をすぐに公表しています。東証もデ社もあらかじめ準備万端の予定調和です。
そんなに手際がいいなら本業もなんとかしなよ、とは言わないであげてください。あの子はやればできる子なんです!やれば。(やれよ!)
d、虚偽記載
廃止基準に追い詰められた会社がやっちゃったのがコレです。「がんばったけどダメでした。でもどうせダメならウソついてバレても同じだよね。もしバレなかったらむしろ儲けものじゃん!やっちゃう?」 がバレたパターンですが、結構「もう昔からやってた。」会社も多いです。いわゆるチャレンジ(粉飾)です。
「第三者委員会の設置」「調査委員会の~」のような表題でTDに公表したものは、会計士などに「なんじゃコレ?説明してや。」と言われた直後にあわててゲロする体勢に入ったエチケット袋です。もうやってた系の会社はこの作法を守らないと隠蔽したとされてアウトです。上場廃止はもちろん刑務所ぐらしも夢じゃないこの世界。すてきでナイスな強制捜査もオプションであり得ます。
「金融商品取引法違反の疑いによる証券取引等監視委員会および横浜地方検察庁の強制調査について」 2019.05.16 19:10
こうなると委員会の調査が終わった上で調査報告書を受け取るまでは、有報の提出はできません。前期以前から複数年に渡ってやってた場合は「過年度の決算短信・有報の訂正に関するお知らせ」をTDに公表します。これもフラグです。
財務部、総務部員はほとんど会社にカンヅメになって過去の決算数字を集計し直します。とにかくもう時間がないのです。提出期限までにやらないとやはり上場廃止ですから。そして会計士に頼み込んで監査してもらいます。監査の特急料金って金額を具体的に教えてもらったことはないのですが、でもお高いんでしょ?
虚偽記載については上に挙げましたエフオーアイなどは直接の事由は上場契約違反等ですが、IPO時の有報(目論見書)の業績がそもそもほとんど全部虚偽だった、という例を含めるとかなりの比率になると思います。
えらく長くなりまして申し訳ありません。次回はやっとシリーズ最終章の結論です。
なぜ6月末がデイトレーダーにとってアツいのか?の仮説を検証したいと思います。
つづく